アーカイブより:この記事は2020年12月30日に公開されました。登攀の記録と再登の回数は、当時の記事で伝えられた状況を示しています。
Hard Gritが世界中の多くのクライマーの心に刻まれたのは、1990年代末のこと。1998年にSlackjaw Filmが制作した同名の映画が公開された時期でした。イングランドの高難度クライミングの歴史に名を残し、今も象徴的な存在であるクライマーたちが、プロテクションを設置する箇所や、プロテクションなしで登る箇所に次々と挑んでいました。英国のグレード体系では、総合グレードに難しさだけでなく、プロテクションや高度感を含めた登攀の厳しさも反映されます。一方、テクニカルグレードは最も難しいムーブを表します。
Ben MoonやJerry Moffattの登攀に加え、この映画を有名にしたのが、クライマーのJean-Minh Trin-Thieuがイングランド初のE8、Gaiaに挑む映像です。プロテクションがあるのはルートの最初の区間だけで、Gaiaは登るにつれて危険性が高まります。映画には、フランス人クライマーが激しく落下し、脚を骨折する場面が実際に収められています。
その後の映像もGaiaの名声をさらに高めました。なかでもLisa Randsによる女性初登の映像は、映画Dosage IVでも紹介されています。あの登攀が行われたのは2006年。それ以来、極めて高いレベルの女性第2登を成し遂げたのはKaty Whittakerだけでしたが、Caroline Ciavaldiniが女性第3登を手にしました。
CarolineにとってGaiaは、トラッドクライミングに近づくきっかけとなったルートでした。避けられないリスクに、初めは戸惑いを感じていたものの、こう語っています。「このルートを登れて、大きな満足感を得ました。ハードグリットのスリルには、何か魔法のようなものがあるんです」。
James Pearsonによる「Harder Faster」の世界第3登も、同じくらい重要な出来事です。グレードはE9 7a。引き返せない一線であり、ハードグリットの歴史を刻むルート、そして極限の試練です。そこでは、正確なクライミングと心理的なプレッシャーのコントロールが、何よりも重要になります。
Harder Fasterは2000年にCharlie Woodburnが初登し、その後は2003年のToby Benhamによる再登しかありませんでした。Tobyのビレイをしていたのは誰でしょう?もちろんJamesです。その17年後、JamesはHarder Fasterに戻り、今度は自分が主役としてこのルートを体験したのでした。











