クライミングで落ちる恐怖をどう克服する? Dr. Guido D’Acutiに聞く

2020年10月20日に公開した、アーカイブのインタビューです。Dr. Guido D’Acutiへの質問と回答を全文掲載しており、当時の考え方を紹介しています。

クライミングで落ちること、けがをすること、自分の期待に応えられないことへの恐怖というテーマには、さまざまな個人的経験や疑問、そしてその恐怖を乗り越えるための助言を求める気持ちが詰まっています。数週間前にも、Dr. Guido D’Acutiとこのテーマについて掘り下げて話しました。クライマーでもある彼は、不安と恐怖について豊富な経験を持つ心理士・心理療法士です(本人のウェブサイト〈イタリア語〉とブログ〈イタリア語〉はこちらです)。

 

 

Instagramで質問を募ったところ、動けなくなるほどの恐怖を実際にどう克服すればよいか、多くの相談が寄せられました。それを受けて、このテーマをさらに深く取り上げる必要があると感じました。あわせて、前回の記事もぜひ読んでみてください。

 

 

緑のヘルメットとオレンジ色のジャケットを着て岩壁を登る人物。背景に雪と山々が見える

Drew Smith Patagonia

 

 

こんにちは、D’Acuti先生! 寄せられた質問には、クライミングで最もよく挙がる感情としての恐怖という、強い共通点がありました。恐怖には二つの系統があると考えてよいのでしょうか。一つは結び目、道具、自分が犯すかもしれないミスといった具体的な恐怖、もう一つは落ちること、けがをすること、あるいはそれ以上に悪いことへの、もっと捉えにくい恐怖です。

 

いつも、クライミングにとって重要な心理学の考え方を紹介する機会をくださり、ありがとうございます。親しいクライマーの友人は、このスポーツでは心が非常に重要な役割を果たすと言います。私も全面的に同意します。私は病的な恐怖を専門としており、この種の心理的障害を約10年間治療しています。

 

実際には、系統というより、どれも恐怖と結びついた異なる感覚だと考えます。一方はコントロールを失うことへの恐怖、もう一方は死ぬことへの恐怖です。この二つが、パニックや強い不安に伴う主な感覚です。例えば、結び目や道具の過剰な確認に関連した、強迫的にコントロールを求める行動が、逆にコントロールを失わせ、不安や緊張を生むことがあります。

 

入念な確認をしなくてよいと言っているのではありません。その確認を、こうした状況に対処する時間にしていこうと言っているのです。違いを生むのは、物事の受け止め方と、その場面への向き合い方です。一方、落ちる恐怖は、広い意味での恐怖(空中を落下するのは普通でも自然でもありませんが、ロープによって完全に安全な状態にある)と結びつく場合も、死ぬ恐怖と結びつく場合もあります。前のインタビューでお話ししたように、これは合理的ではない恐怖です。適切に確保されていれば何も起こりません。せいぜい体をぶつけたり、打撲したりする程度ですから。

編集部注:ロープとプロテクションを使っても、落下のリスクがすべてなくなるわけではありません。地面や岩棚、その他の障害物への衝突によって、重傷を負うことがあります。この補足は、元の回答にある「完全に安全」と「何も起こりません」という表現についてのものです。出典:Petzl、クライミングの墜落を止める〈英語のページ〉。

 

コントロールを失うことや死ぬことへの、こうした非合理的な感覚に捕らわれ、圧倒されると、失敗につながるおそれがあります。この恐怖を力に変えることが大切です。自分自身を超えていくための助けになるからです。

 

 

ヘルメットと水色のTシャツを着て岩壁にいる人物。ハーネスとロープを使用しており、さらに下に別の人物がいる

Ian Dzilenski_Connor Herson_Meltdown_07098

 

 

結び目がもたないのではという不安や、使ったことのない新しい道具への不安など、確認しやすい恐怖については、自信を持てるような手順を決め、それを習慣として守ることに意味はありますか?

 

習慣は基本となるものです。大事なのは、それが強迫的なものに変わらないことです。強迫は、儀式的で繰り返される行動としても現れる、コントロールへの欲求です。もちろん、一つのピッチを登り始める前に、必要な確認をすべて行うことは非常に重要です。ただし、スポーツでもクライミングでも大きな問題の一つは、確認が強迫的な執着に変わりやすいことです。予防のための儀式を何度も繰り返すと、心の働きが妨げられ、行動を強く制限する悪循環に陥ります。

 

問題は確認そのものよりも、繰り返し、つまり強迫行為にあります。何度も繰り返すことが問題となり、疑念が残り続けて、パフォーマンスに影響しかねません。私はよく、一度だけ「完璧な確認」をするよう勧めます。一回だけですが、本当にしっかり、十分に入念に、注意深く行う確認です。

 

 

動けなくなる恐怖について伺います。クイックドローが足より下にあり、クライムダウンもできず、先にも進めない状況です。前回の記事では、不安の中にさらに深く入り込むよう勧めてくれました。反応の仕方は人それぞれですが、完全に動けなくなった瞬間をどう乗り越えられるのでしょうか?

 

もちろん、私も時々怖くなりますが、その恐怖に圧倒されないようにします。深呼吸をして、その感覚に素早く入り込みますが、支配されるままにはしません。頭をすっきりさせて、壁に向き合います。動きを頭の中で試し、落ちる可能性も受け入れます。その後、登り始めると体が反応し、そのまま進めます。落ちた場合は、時々そうなることもありますが、アドレナリンを発散します。

 

逆説的なイメージは、「火を消すために薪を足す」というものです。薪を足せば足すほど、逆説的に火は消えていきます。酸素を得られなくなるからです。恐怖にも同じことが起こります。恐怖の中に深く入り込むほど、ほんの数秒であっても、その恐怖は薄れていきます。もちろん、私の心理療法には、最も困難な場面で恐怖に対処する方法を学ぶための、具体的なトレーニングがあります。

 

 

緑と黒のヘルメット、ピンクのトップス、青いズボンで岩壁を登る人物。ハーネスと登攀道具を身に着けている

Drew Smith Black Diamond

 

 

すでに一歩前進したクライマーは大勢います。登っているとき、落ちること、ミスをすること、できないことを考えると、状況を良くするどころか悪くしてしまうと気づいたのです。注意をそらし、とりわけ実際に落下につながってしまう、この思考の流れを止める方法はありますか?

 

以前の記事では、落下に関する疑念に答え続けるのをやめるよう勧めました。今日は、登り始める前の5分間に、その考えを集中させることを勧めたいと思います。登る前、準備をしたり、クライミングシューズを履いたり、結び目を作ったりしているときに、普段は不意に浮かんでくる考えを、あえて自分から探してみてください。何が起こるかは、ここではお話ししません。試してみて、個別のメッセージで教えてください!

 

 

先週寄せられた質問からは、岩場のクライマーは危険な状況に関する恐怖に強く悩む一方、ボルダリングをする人は、「自分には力が足りないのでは」「ほかの人ほどできないのでは」という不安や、できないムーブへのいら立ちを抱えているように感じました。人が多い場所や、自宅のような安心感のない場所で登るのを諦めることにもつながる、こうした感情への解決策はあるのでしょうか?

 

自分には力が足りないという恐怖や、ほかの人の評価への恐怖は、評価を受けるあらゆる場面に存在する問題です。クライミングで良い成績が出るか、悪い成績になるかは非常に多くの要因によりますが、周囲にほかの人がいると、居心地の悪さを感じることもあります。先ほど述べたように、自分には力が足りないという恐怖が制限になり得ます。私はよく、「失敗して、失敗して、また失敗する」ことを勧めます。それによってこそ、クライミングでも人生でも成長できるのです!

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