2023年1月18日公開のTraining Betaのポッドキャスト「How to Be a Stronger, Better Boulderer」では、Neely QuinnがコーチのMatt PincusとAlex Stigerに、ボルダリングのトレーニングの組み立て方、挑戦の仕方、弱点への取り組み方について聞いています。
そこから私たちは、失敗への恐れがトレーニングの効果を下げることもあるのではないかと考えました。とても難しい課題を選ぶのは、できなかったときに自分を納得させやすいから、という場合もあります。
ジムでのトレーニングでは、この気持ちは二つの形で現れます。一つは、安心して登れる課題、おそらくすでに完登したことがあり、落ちないだろうと思える課題だけを試すことです。もう一つは正反対に見えて根は似ています。自分の現在の力を超えたプロジェクトばかりに固執することです。7Aや緑色の課題など、誰もが「難しい」と認めるものに失敗するほうが、グレード表示は低くても実際には自分の練習になる一手で失敗するより、言い訳しやすいと感じるからです。
Alessandro Jolly Lambertiもイタリア語の著書Run Outでこう書いています。「[…] 見ている人が大勢いるなら、とても難しいルートでぶら下がっているほうが、より易しいルートを登るよりも面目を失う危険が少ないと、私たちはよく分かっていた」。
私たち自身も、このような状況をよく経験します。複雑なテーマなので、心理士でクライマー、スポーツ心理学の専門家でもあるGuido D’Acutiを再びブログに招きました。以前は、クライミングにおける「コンフォートゾーン」についてイタリア語で公開された前回のインタビューで話しています。今回は、自分の実力で登れると思うグレードで失敗を受け入れにくい理由に焦点を当てます。
こんにちは、Guido。再びお話しできてうれしいです。お元気ですか?
元気です、ありがとう!またインタビューに参加できてうれしいです。
このテーマについての私たちの説明を読んでいただきました。ここまでの捉え方は正しいでしょうか?
ええ、そのとおりです!お話にあった行動には、他人から評価されることへの恐れと、自分は十分ではないという恐れの両方が関わっています。恐れから逃れようとするほど、それに追いかけられます。どちらの場合も失敗の重さを感じ、それが自尊心やクライミング体験に悪い影響を与えます。私はクライミングで「体験」という言葉を好んで使います。考え方を見直すことで、思いもよらない結果に届くことがあるからです。
ジムでのトレーニング中に、クライマーがこの二つの行動をとるのを見たことがありますか?
最近、更衣室で話した若い男性は、自分のコンフォートゾーンから抜け出せないことへの苛立ちを話していました。こう言っていたのを覚えています。「簡単なものしか登っていません。安心はできますが、本当は心から楽しめていないんです」。
典型的な例です。失敗への恐れが行動を止めてしまうのです!逆説的ですが、その恐れを正面から見つめ始めれば、役に立つエネルギーに変えられるかもしれません。
挑戦する難度と失敗への恐れについて伺います。難しい課題で落ちるのはどこか「楽しい」ことで受け入れられるのに、易しい課題で落ちるとその夜が台無しになったように感じるのはなぜでしょうか?
とても的確で興味深い質問です。人間は例外なく、矛盾を抱えています。心には逆説がつきものです。難しい一手で落ちることは受け入れて、易しい課題で同じことが起きるのは拒むのは、たしかに筋が通りません。そこで私はこう問いかけます。「でも、私たちは本当に自分に何かを証明しなければならないのでしょうか」。競争そのものより、挑戦する楽しさを基準にトレーニングすれば、思いがけない目標に届くかもしれません。試してみてください。
他人の評価を恐れるのは、実は自分がほかのクライマーをどう見ているかの反映でしょうか?試している課題によって、その人をクライマーとして見る目を変えているのでしょうか?
競争は人生の一部です。刺激にもなりますが、制約にもなります。クライミングでも日常生活でも、私たちは常に他人を見ています。他人は比較や評価、そしてフィードバックの基準になるからです。相手にある特徴が見えると、私たちは心のフィルターを通して相手の一面だけを見て、自分と比べ始めます。しかし、試しているボルダーだけでクライマーを判断してはいけません。それはスポーツの一面に限られた評価なのに、その人全体への評価に広げてしまいがちです。見落としているものにも目を向ける必要があります。
いつものように実践的な助言をお願いします。自分の実力で登れるはずの課題から落ちると、とりわけつらく感じるボルダラーがいるとします(#友人のために聞いています)。実際に落ちたら、すぐに怒りや苛立ちが湧くでしょう。その場でどう対処すればよいですか?
とても有効なのは、少し休んだり、別の課題を試したりして、意識をほかに向けることです。落ちた壁への再挑戦を次のトレーニングまで延ばしてもよいでしょう。Giorgio Nardoneは著書Oltre se stessiで、このような場合に過度な集中から注意をそらす別の活動を取り入れるよう勧めています。そうしないと、パフォーマンスが感情面でストレスとなり、逆効果になるおそれがあります。Maurice Greeneの言葉を借りれば、「一番になるには、二番であるかのように練習しなければならない」のです。
この行動が、効果的で納得のいくトレーニングを妨げる本当の障害になったと、いつ、どのように気付けるのでしょうか?
私たちは常に自分の感情と向き合わなくてはなりません。クライマーは、否定的な感覚を軽視すべきではありません。たとえば気持ちが強く拒んでいるときや、つらい一日のあと無理にジムへ行こうとしているときです。そのような場合、クライミングが本当の苦痛になるかもしれません。最も好きな活動が対処しにくい危機的な時間になったなら、立ち止まり、クライミングへの向き合い方を変える時かもしれません。基本に据えるべきなのは楽しさです。心は一般に苦痛を避け、喜びを求めます。だからこそ、クライミングの体験を心地よく前向きな時間と結び付けることが大切です。
あなたはスポーツ心理学に豊富な経験があり、サッカーチームとも仕事をされてきました。クライミングには多くの複雑な要素がありますが、この心理的な側面は特に顕著だと思いますか?
クライミングでは常に自分への挑戦がありますが、自分の心と戦うところまで行ってはいけません。自分の考えや感情と折り合いをつける必要があります。過度な対抗意識による心理的な束縛を離れ、クライミングを楽しい時間として経験できれば、競争力もきっと生まれます。もう一つ逆説を挙げましょう。自分と競いながら、競わないことです。クライミングを全面的かつ成熟した形で経験することが、私たちの課題なのです。
Guido、考えるきっかけをありがとうございました。クライミングの心理面についてさらに直接相談したい方は、ウェブサイトGuidoD’Acuti、Instagram、Facebookをご覧ください。
表紙写真:Ocún











